よほどのことがない限り、筆者は毎日何かしらの運動をする。よほどのこととは、例えば長時間の移動で物理的に時間がとれないときや、あるいは家族に緊急事態が発生したときなどだ。他人に向かってそう説明すると、「意志が強いのですね」と感心してくれる人もいれば、「よく飽きませんね」と呆れる人もいる。しかし、「それって依存症じゃないですか」と心配してくれる人はごく稀だ。

運動を毎日続けていくと、体に耐性ができて、以前と同じ量では満足できなくなる。何らかの理由で運動ができない日はイライラしてくる。体に負担がかかると頭では分かっていても、運動の量は日々増え続けていく。運動をするために社会的なつきあいを犠牲にすることもある。

これについて「運動」を「アルコール摂取」に置き換えれば、筆者も立派な依存症なのかもしれない。アルコール依存症患者は、酒を飲むために仕事や友人との約束を破ったり、酒を飲む頻度や量について嘘をついたりすることがあるだろう。それと同じ危険が、運動依存症にも潜んでいるのかもしれない。

安易に仲間を求めるわけではないが、筆者はなにも特別な存在ではない。それどころか、マラソンやトライアスロンのレースでは、参加しているアスリートのうち多くの部分を運動に依存している人が占めている。そんな警鐘を鳴らした学術論文を、ここでいくつかご紹介しよう。

目次

トライアスリートの20~41%に運動依存症の疑いあり

18歳から70歳までのトライアスリート男女1,285人を調査した研究(*1)によると、20%のアスリートに運動依存症の兆候が認められたそうである。その比率は年齢や性別とは関わりなく、競技レースのレベルや距離に比例して大きくなっていき、プロレベルでは41%に達するということだ。

*1. Risk for Exercise Addiction: A Comparison of Triathletes Training for Sprint-, Olympic-, Half-Ironman-, and Ironman-Distance Triathlons.

ランナーズハイをもたらす脳内物資の中毒性

程度にもよるが、本人の意志だけでは克服することが困難なのが依存症である。運動依存症もその例に違わないことを神経生物学的な理由に求めた研究(*2)がある。

*2. Exercise Addiction in Practitioners of Endurance Sports: A Literature Review.

特に耐久系スポーツでは、レースでも練習でも長時間の運動が伴う。すると、脳内で内在性カンナビノイドという化学物質が分泌され、この物質はいわゆる“ランナーズハイ”の状態をもたらす。運動をすることで幸福感が増すわけだが、逆に言えばそれがないと感情をコントロールできなくなることがある。つまり、長時間の運動を繰り返すことで、薬物中毒と似たメカニズムが脳内に発生してしまうのだ。

気晴らしと逃避を隔てる薄い壁

改めて言うまでもないことだが、日々の運動はストレスを軽減し、心身の健康を促進する大きな効果がある。しかし、運動依存症が進むと、逆に健康を蝕むことにもなりかねない。ある心理学研究(*3)によると、競技者レベルではない市民ランナーにも運動依存症のリスクは存在するという。

*3. Running to get “lost”? Two types of escapism in recreational running and their relations to exercise dependence and subjective well-being.

この研究では、227人の市民ランナーを調査対象にした。その内訳は男女がほぼ半数ずつ(女性115人、男性112人)、平均年齢は42.7歳、週に走る時間は平均して5時間程度だった。

被験者ランナーたちの多くが、多かれ少なかれ走ることによって現実からの回避を図っていた。その現実回避がポジティブに満足感を得る方向に向かえば良いのだが、ネガティブな自己抑制の方向にぶれると運動依存症に繋がりやすいということである。その傾向には年齢、性別、そしてランニング歴は影響しないとも研究者らは述べている。

運動依存症かどうかを見分けるには

自分が運動に依存しているかどうかを客観的に判断することは容易ではなく、数量化できるものでもない。あくまで参考程度の情報だと断った上で、ある北欧の科学調査ウェブサイト(*4.)に掲載されている自己診断基準をご紹介しよう。

*4. Test yourself: Are you addicted to exercise?

以下の質問に合意するか否かを1点(まったく合意しない)から5点(強く合意する)までの5段階評価で回答し、合計評価数が24~30点になると運動依存症の疑いがあるということだ。

  1. 運動は私の人生で最も重要なものである。
  2. 私の家族や友人は私が運動し過ぎることを心配している。
  3. 私は気分を変えるため(例:幸福感を得る、嫌なことを忘れる)ために運動する。
  4. 私は昨年より運動量が増えた。
  5. 私は毎日運動をしないと、不安になることや、寂しくなることがある。
  6. 私は運動量を減らそうとして、かえって増やしてしまったことがある。

ちなみに筆者の合計は23点で、ぎりぎりのラインで運動依存症ではないと診断された。気になる人は試してみてはどうだろうか。

By 角谷 剛 (かくたに ごう)

アメリカ・カリフォルニア在住。米国公認ストレングス・コンディショニング・スペシャリスト(CSCS)、CrossFit Level 1 公認トレーナーの資格を持つほか、現在はカリフォルニア州内の2つの高校で陸上長距離走部の監督と野球部コーチを務める。

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