皆さんの中には、「剣道は武士の戦闘技術を競技化したもの」と考えている方もいらっしゃるのではないでしょうか。確かに、剣道の源流は武士の斬り合いにあります。剣道の歴史を遡れば、もともとは戦場での戦闘技術の一つであったことに違いありません。しかし、「競技化したもの」という点においては、少々誤認していると言わなければならないでしょう。今回のコラムでは、日本の剣道を統括し代表する公益財団法人全日本剣道連盟(以下、全剣連)が掲げる「剣道の理念」をご紹介します。全剣連が掲げる「剣道の理念」を通して、剣道が持つ特有の魅力をお伝えできれば幸いです。

目次

剣道の理念

さっそく、全剣連の「剣道の理念」をご紹介しましょう。理念とは、ある物事において「こうあるべきだ」という根本の考えのことです。全剣連では剣道の理念について、以下のように示しています。

剣道は剣の理法の修錬による人間形成の道である(公益財団法人全日本剣道連盟ホームページより)

これは、つまり「剣道は、剣の修行を手段として、人間形成を目的とするべきだ」ということです。剣道においては、剣の修行は手段であって、その目的は人間形成だと考えられているわけです。

一般的にスポーツは、楽しみを求めたり勝敗を競ったり、健康増進やストレス解消などを主目的とすることが多いでしょう。スポーツ、はカタカナで表記されることからも分かる通り外来語です。スポーツの語源は、ラテン語の「deportare(デポルターレ)」だったと言われています。「deportare」とは「運び去る、運搬する」という意味の言葉で、やがて「気を晴らす」や「義務からの気分転換」などの意味合いも含まれるようになったそうです。一般的なスポーツと剣道とを比較してみると、その目的にやや違いがあるのかもしれません。「剣道の理念」について、もう少し詳しく見てみます。

剣道修練の心構え

「剣道の理念」では、剣道の目的は人間形成だと言っていました。では「剣道の理念」が言う「人間形成」とは、どのようなことを意味しているのでしょうか。全剣連が「剣道の理念」と併せて掲げている「剣道修錬の心構え」が、それを補完します。

剣道修錬の心構え

剣道を正しく真剣に学び

心身を錬磨して旺盛なる気力を養い

剣道の特性を通じて礼節をとうとび

信義を重んじ誠を尽して

常に自己の修養に努め

以って国家社会を愛して

広く人類の平和繁栄に

寄与せんとするものである

公益財団法人全日本剣道連盟ホームページより)

「剣道の理念」と「剣道修錬の心構え」をあわせて読むことで、「剣道の理念」の中にあった「人間形成」が見えてきました。「剣道の理念」の中にあった「人間形成」とは、「世の中の平和や繁栄を目指す人を育てること」だと分かるでしょう。全剣連では、剣道は剣の修行を手段として、世の中の平和や繁栄を目指す人を育てることを目的とするべきだと考えられているのですね。

武士の役割

では、なぜ剣道は「世の中の平和や繁栄を目指す人を育てること」が目的になるのでしょう。冒頭でも触れたように、剣道の源流には武士が存在します。武士とは身分であり役割のこと。武士の役割は、武力をもって主君に奉仕する軍事的役割だけではありません。武士は、領地領国を統治する政治的な役割も担いました。武士がこれらの役割を果たすために必要な規範が、「武士道」と呼ばれる道徳心だったのでしょう。

これまでのコラムでもお伝えしてきたとおり、剣道は武士の生活態度やそれを裏付ける武士の精神を学ぶための武道です。つまり、剣道とは「武士道」と呼ばれる道徳心、言い換えるなら「武士の職業観」を学んでいることになります。武士の規範意識や振る舞いは、戦場での勝利だけでなく、社会の安定や秩序を生み出しました。世の中の平和や繁栄を守ることが武士の役割の一つだったと捉えると、「剣道」と「世の中の平和や繁栄を目指す人を育てること」が結びついてくるように思えるのではないでしょうか。現代において警察や消防、自衛隊や警備会社など社会の治安維持を担う職業で、剣道が訓練に取り入れられていることも納得できるはずです。

一般的なスポーツの出発点は「気分転換」で、剣道の出発点は「武士の職業観」。スポーツと剣道とを「仕事」を起点に考えた場合、スポーツは仕事から離れていくイメージ、剣道は仕事に入っていくイメージと言えます。この出発点の違いが、スポーツと剣道との主目的の違いにあらわれるのだと私は考えています。また、出発点が違うことによるスポーツと剣道との主目的の違いは、剣道特有の魅力とも言えるでしょう。

礼に始まり、礼に終わる

私は冒頭で、「剣道は武士の戦闘技術を競技化したもの」という認識は少々誤認であると言いました。全剣連が掲げる「剣道の理念」を念頭に置くことで、剣道においては技術や運動能力を相手と競ったり、勝敗を楽しんだりすることは、あくまで手段だとご理解いただけたことでしょう。

剣道の目的が「世の中の平和や繁栄を目指す人を育てる」だと言われると、壮大過ぎて難しく感じる人は多いかもしれません。私自身、日頃の稽古で世の中の平和を直接的に意識することはありません。相手との勝負を楽しみ、汗をかいて爽快な気分を味わっています。しかし、その一方、毎回の稽古で武士の道徳心を、無意識的に意識する自分がいることも事実です。

剣道は「礼に始まり、礼に終わる」と言われます。礼儀の本質は相手を思いやる心です。相手を思いやる機会が増えれば、それは世の中の平和や繁栄に直結すると言って良いでしょう。まずは、目の前の相手を認め思いやること。そして、その積み重ねが、ひいては世の中の平和に繋がる。剣道は今、私にそのようなことを学ばせてくれています。

By 三森 定行 (みもり さだゆき)

剣道LABO®︎代表・剣道ファシリテーター。自身の剣道経験と映像編集技術を駆使し、社会人剣道家の上達をマンツーマンでサポートしている。東京・神奈川・千葉・埼玉にクライアント多数。全日本剣道連盟 錬士七段。1976年生まれ。

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