これまでのコラムで、剣道は現役寿命が非常に長いことをご紹介しました。私は日頃の稽古場所で、80歳代や90歳代の方にも稽古をつけていただきます。80歳代、90歳代になっても稽古場に立たれる方がいるほどですから、剣道では生涯現役を目指せると言って良いでしょう。

さて、いま私は「現役」という言葉を使いました。一般的に「現役」という言葉は、選手として競技の第一線で活躍しているというイメージを連想される方が多いと思います。剣道の日本一を決める全日本剣道選手権大会で活躍する選手の多くは20歳代や30歳代ですから、80歳代や90歳代を「現役」とするのは間違いなのかもしれません。例えば、「剣道愛好者」と表現する方が分かりやすいでしょうか。しかし、私は剣道において、いわゆる現役世代を過ぎた剣道愛好者も「現役」だと考えています。なぜなら、剣道は年齢に関わらず、常に上達を目指すことができるからです。

目次

競技としての剣道

私は、剣道を構成する要素は大きく分けて2つあると考えています。1つは競技としての剣道、もう1つは武道としての剣道です。まず、競技としての剣道から考えていきましょう。

前提として、剣道を競技として成立させるためには、第三者が勝敗を公明正大に判定できるようにする必要があります。剣道の勝敗を第三者が公明正大に判定しようとした場合には、勝敗を目視で確認できる判断基準が必要です。剣道の勝負の中では、竹刀を相手に当てたという現象を判断材料にするのがもっとも分かりやすいでしょう。

さらに、前提をもう一つ。競技ですから、剣道をする目的は相手に勝つことになります。これら2つの前提を合わせて考えると、競技としての剣道は、相手に竹刀を当てることが最終目的と言えます。

相手に竹刀を当てるという行為は、筋力や動体視力などの運動能力が高い方が有利でしょう。体移動や竹刀を振るスピードが遅いより、速い方が有利であることは容易に想像できると思います。ですが、運動能力には年齢による盛衰があります。運動能力が影響する競技としての剣道においては、80歳代や90歳代の剣道家を「現役」と表現するのは難しくなってしまいます。

武道としての剣道

次に、武道としての剣道を考えてみましょう。武道としての剣道も、相手に竹刀を当てることを目指します。しかし、武道としての剣道では、相手に竹刀を当てるまでのプロセスも非常に重要です。竹刀を相手に当てるまでのプロセスとは、自分のメンタルをいかに平常に保っていられるか、あるいは、いかに相手のメンタルに影響を与えられるかという精神面の勝負のこと。精神面の勝負は第三者が目視で確認できないだけあって、相対する2人の間には確実に存在します。

相手に竹刀を当てることはできたが、相手の心は微動だにしていないという状況。武道としての剣道では、このようなことが起こります。この場合、武道としての剣道では竹刀を当てるまでのプロセスが伴っていなかったと考え、竹刀が当たったことは無効として勝負を続行します。

さらに、武道としての剣道では、相手に心を動かされたと感じた時点で「参りました」と頭を下げることもしばしば起こります。竹刀を当てられる以前に勝負が決してしまうわけですから、武道としての剣道においては、運動能力よりも精神面の比重が非常に高いことが分かるでしょう。

私の拙い経験の中で、このようなことがありました。高齢の先生と稽古させていただいている中での出来事です。運動能力的では年齢の若い私の方が有利でしたから、先生に竹刀を当てることはできました。しかも、何度も繰り返し当てることができてしまいます。しかし、どれだけ打っても先生は涼しい顔です。いくら私が竹刀を当てても、先生の心は動じないのでしょう。

次第に、竹刀を当てようと躍起になっている私自身に疑念が生じてきます。自分の行動に自信が持てなくなっているわけですから、追い詰められているのは確実に私です。こうなってしまうと為す術なし。竹刀を当てているはずの私の方が「参りました」と発して稽古終了です。このとき、私の心がポキッと折れる音が聞こえた気がしました。武道としての剣道では、高齢であっても精神面で相手を凌駕できてしまうという一例です。

生涯現役、いつまでも向上し続けられる

ここまで、競技としての剣道と武道としての剣道を、2つに分けて考えてみました。2つに分けたのは説明するための便宜上であって、どちらも共存する剣道です。競技としての剣道を追求するのも良いでしょうし、武道としての剣道を追求するのもまた良し。途中でシフトするのも自由です。あるいは、2つの割合を調整しながら両立を求めるのも良いでしょう。これらのことから、剣道では年齢に関わらず、常に上達を目指し続けられることが分かると思います。

私は現在46歳になりました。運動能力としてはピークを過ぎたと感じるこの頃です。ピークを過ぎたと言うと、衰退ととらえる方もいるかもしれません。しかし、私はワクワクしています。それは、私自身が目指す強さを、競技としての剣道の強さから武道としての剣道の強さに変化させることによって、私自身は衰退せず向上し続けられると思うからです。

剣道を続けている限り、私には伸び代がたくさんあります。剣道は生涯現役。46歳の私はまだまだ若手で挑戦者。ワクワクせずにはいられません。

By 三森 定行 (みもり さだゆき)

剣道LABO®︎代表・剣道ファシリテーター。自身の剣道経験と映像編集技術を駆使し、社会人剣道家の上達をマンツーマンでサポートしている。東京・神奈川・千葉・埼玉にクライアント多数。全日本剣道連盟 錬士七段。1976年生まれ。

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