皆さんは最近、正座して座りましたか?普段の生活では、椅子やソファーに座ることが多くなりました。そのため、正座をする機会は稀になり、ほとんどの方にとって、正座は改まった席での座り方なのだと思います。

「足が疲れる」「痺れて辛そう」などのマイナスイメージが付きまとう座り方ではありますが、正座することによって脳が活性化されて目が冴える、などの効果も期待できるそうです。確かに、のんびり休みたいときの座り方というよりは、目上の人の話を聞くときや勉強するときなど、何かに集中したいときの座り方ですね。意図的に集中力を高めたいときには、正座すると良いのかもしれません。

剣道をイメージするときは、剣道家が正座をしている図を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。まさにイメージ通り、剣道で座るときは正座して座ります。剣道では正座で座るとき、そして正座から立つときの手順が決まっていますは、これはなぜなのでしょう?今回は、剣道における「正座」という座り方についてお伝えします。

目次

座り、立ち上がる際の手順

皆さんは正座するとき、あるいは立ち上がるときに、どのような手順で動作するでしょうか。そして、そこに何か理由はありますか?剣道では、正座するときや立ち上がるときの手順が決まっています。その手順のことは、「左座右起(さざうき)」と呼ばれるものです。これは、座るときは左足から、立ち上がるときは右足からという意味です。実際にやってみましょう。

▼座る手順

  1. 立った状態から左足を一歩後ろに引き、左ひざを床につきます。左のつま先は立てておきましょう。
  2. 次に右足を後ろに引き、左足と同じように右ひざも床につきます。両ひざが床につきました。両足のつま先は立てたままです。
  3. 両足のかかとの上にお尻が付くまで、ゆっくりと腰をおろしていきましょう。
  4. 両足のかかとにお尻を一度つけてから、少しお尻を浮かせて、両足を静かにねかせていきます。両足の甲が床につきました。
  5. お尻をかかとの上におろして、正座の姿勢が出来上がり。

次は、立ち上がってみましょう。立ち上がるときは、座ったときの手順を逆再生していきます。左足から座って、右足から立ち上がりましたが、これが剣道における正座の手順「左座右起」です。

武士に見る座り方の理由

では、なぜ左足から座って、右足から立ち上がるのでしょうか。その答えは、武士が刀を携帯していたことに由来します。座ろうとしたとき、あるいは座っているときでも、即座に刀を抜いて戦えるようにするためです。

武士が刀を携帯する際は、刀身部分を「鞘(さや)」という筒に収納していました。そして、臨戦態勢にあるときは、鞘に収めた状態の刀を左腰に差しています。座るときでも気を許せない状況では、鞘に入れたままた刀を自分の左側に置きました。刀を左腰に差す、または左側に置く理由は、刀を鞘から抜くときに左手で鞘を持ち、右手で刀を鞘から抜くからです。

ここで、ちょっとイメージしてみてください。今、皆さんは正座して座っており、ご自身の左側に刀を置いています。そのとき突然、目の前の相手が襲いかかってきました。直ちに応戦しなければなりません。立ち上がりながら、ご自身の左側に置いてある刀を鞘から抜こうとします。このとき左足から立ち上がろうとすると、左ひざが邪魔をして、刀を素早く鞘から抜くことができないでしょう。鞘から刀を抜けたとしても、自分の刀で自分の左足を斬ってしまいかねません。ですから、立ち上がるときは右足から立ち上がるのです。右足から立ち上がり、左ひざを床についた状態であれば、容易に鞘から刀を抜くことができます。

今度は座ろうとしているとき、敵襲にあったところイメージしてみましょう。左足から座ることで、左ひざが先に床につきます。先に左ひざを床につけておけば、即座に刀を鞘から抜くことができるはずです。左座右起の手順で座ることで、いつでも刀を抜ける体勢をより長くキープできますね。

また、刀を抜く状況にならなかったとしても、左座右起を実践していれば、「自分は気を抜いていないぞ」「いつでも斬りかかれるぞ」という意思を周囲に示すことができます。そうすることで、敵襲を未然に防ぐことにもつながるのです。

実生活への応用

剣道における正座の手順と、その理由をご説明しました。言われてみれば、「なるほど」と思われたのではないでしょうか。剣道は武士の生活態度や、それを裏付ける精神(心構え)を学ぶための武道です。そのため、座り方も武士の習慣に則っていると言えます。

左座右起の手順とその理由は、皆さんが実生活で正座をするときにも応用ができます。左座右起は、臨戦態勢であることをあらわした座り方でした。目上の人や大切な相手と一緒にいるときに、左座右起は馴染まないような気がしませんか?ですから、そのような場合は「右座左起(うざさき)」という方法があります。

武士は、相手に対して戦意がないことを所作としてあらわそうとするとき、刀は右手に提げて座ったら右側に刀を置いたそうです。右側に置いてある刀を右手で鞘から抜くには時間がかかりますから、相手を信頼していなければできません。これは、右座左起も同じ理由です。相手を信頼しているからこその所作だということが分かります。相手や周囲に対する気遣いを、言葉にせずとも所作で示す。このようなことも、剣道を通じて学ぶことができるのです。

By 三森 定行 (みもり さだゆき)

剣道LABO®︎代表・剣道ファシリテーター。自身の剣道経験と映像編集技術を駆使し、社会人剣道家の上達をマンツーマンでサポートしている。東京・神奈川・千葉・埼玉にクライアント多数。全日本剣道連盟 錬士七段。1976年生まれ。

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