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アイスバスについての新学説。有酸素運動には効果薄、筋トレには逆効果の可能性

2010年代に入った頃から試合や練習の直後に、水を溜めて氷を浮べたバスタブやプール(アイスバス)へアスリートたちが飛び込む姿をよく見かけるようになった。2019年のラグビー・ワールドカップで日本中を熱狂させた日本代表チームが、トレーニング後にアイスバスに入っていたシーンを記憶している人も多いだろう。ところが最近になって、このアイスバスの効果に疑問を投げかける学説が注目されるようになってきた。

効果があるとされているアイスバスの利用方法

学説についてご紹介する前に、まずはアイスバスとはどのようなものかを簡単に確認しておこう。激しい運動を行った直後、1115度の水に8~10分ほど入ることが一般的なアイスバスの方法である。水泳用プールの水温は26度以上が普通なので、アイスバスで使う水温はかなり低い。

冷水に全身か下半身を入れることで、運動によって上昇した体温が急激に下がり、その結果として血管が収縮する。冷水から上がると体の中心部から手足の先へと血流が促進され、筋肉の炎症を抑えるのだと言われている。また、疲労回復を促す効果もあるともされている。

アイスバスの効果を否定した「メタ解析」研究

米国のスポーツ医学サイト『Sports Medicine』の202011月号に掲載された研究(*1)は、メタ解析と呼ばれる手法を用いてアイスバスの効果を検証した。メタ解析とは、複数の既存研究をある意図に基づいて統合して解析するものだ。この研究では以下を解析対象とするための条件として論文を選択した。

  1. 一定の条件で管理されていること
  2. 人間を対象にしていること
  3. 水温15度以下で行われていること
  4. 定期的なトレーニングと関連していること
  5. トレーニング前後の調査が行われていること

その結果、8つの論文が解析対象となった。

*1. The Effects of Regular Cold-Water Immersion Use on Training-Induced Changes in Strength and Endurance Performance: A Systematic Review with Meta-Analysis.

https://link.springer.com/article/10.1007/s40279-020-01362-0

解析を行った研究者たちの結論は、「冷水に体を浸からせることは有酸素運動のトレーニングにはほとんど効果はないか、非常に限られたものであるし、筋肉の成長を妨げる逆効果もある」というものだった。

研究によると、アイスバスが筋力トレーニングに及ぼす逆効果は広範囲に渡る。最大挙上重量や筋持久力、瞬発力、などのさまざまな能力の成長比率が、アイスバスを行うことによって低下すると言うことだ。

アイスバスが筋力強化を妨げる主な要因として、損傷した筋繊維の修復とたんぱく質合成の過程におけるスピードが遅まることが挙げられる。簡単に言えば筋肉が冷えることにより、回復に重要な筋細胞の活動が不活発になってしまうのだ。

低温で冷やすことが筋肉の炎症を抑えるということについても、現在ではほぼ否定されていると言って良い。冷却は筋肉の炎症を抑えているのではなく、ただ遅らせているだけであることが分かってきたからだ。かつて打撲や筋肉痛から回復する方法のスタンダードとされていた「R.I.C.E.– Rest(安静)、Ice(冷却)、Compression(圧迫)、Elevation(挙上)の提唱者であるゲイブ・ミルキン博士は今ではその自説を否定し、自身のホームページ(*2)で下のように述べている。

*2. http://www.drmirkin.com/fitness/why-ice-delays-recovery.html

「最近の研究では、激しい筋肉痛を負ったアスリートはむしろ動くことを勧められている。冷却は腫れを遅らせることはできるが、筋肉のダメージからの回復を速めはしない」

アイスバスに求められる一時的な効果とは

それでも、アイスバスを上手に活用する方法はある。日常的あるいは定期的にアイスバスを利用することは、長期的なトレーニング効果を考えると良策とは言えない。しかし、冷却すると痛みが減るという効果は厳然としてある。1日に複数の試合があったり、連日で競技を行ったりするようなケースでは、アイスバスによって筋肉の張りや痛みを短期間で軽減することが、競技パフォーマンスを上げるために大いに役立つ。

さらに個人的な体験から述べるなら、アイスバスの精神的効果も見逃すことはできない。激しいトレーニングで疲労が重なっているときにアイスバスに入ると、確かに疲労から回復したような気分になるのだ。その効果が一時的なものか、あるいは錯覚に過ぎないかどうかは別にしても、アスリートのパフォーマンスに精神状態が大きな影響を及ぼすことは誰にも否定できないだろう。

[筆者プロフィール]

角谷剛(かくたに・ごう)

アメリカ・カリフォルニア在住。米国公認ストレングス・コンディショニング・スペシャリスト(CSCS)、CrossFit Level 1 公認トレーナーの資格を持つほか、現在はカリフォルニア州内の2つの高校で陸上長距離走部の監督と野球部コーチを務める。

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