スポーツを経験すると精神的に強くなるという説が以前からあるし、そう印象を持っている方は多いだろう。体育会系の学生は就職に有利だと言われることがあるが、その一因になっているのかもしれない。米国オハイオ大学の研究者たちが、そうした説を後押しするような論文(*1)を発表した。子どもの頃にスポーツを経験した人は、まったくスポーツをしなかった人や低年齢のうちに辞めてしまった人に比べて、精神力や職業倫理が強くなる傾向が認められるということだ。

*1. Sport Participation and the Development of Grit

一般的に、米国でスポーツは楽しむものとされ、いわゆる根性論や精神論は希薄だと思われている。そのような風土で、こうした研究がなされたことは興味深い。

目次

困難があっても諦めないで努力を長く続ける精神力

この論文の著者たちは、子どものスポーツ体験が“Grit”を形成すると述べている。この単語は米国人にとっても分かりにくく、日本語にはさらに訳しにくい。例えば「根性」「忍耐力」「気概」などと解釈されることもある。論文の冒頭では、Gritを「人々が長期的な目標を達成するために役立つ情熱と忍耐力の組み合わせ」だと定義している。

子どもはスポーツを通して新しい技術を身につけ、目標を達成し、あるいは失敗から立ち直るために継続して努力することを学ぶ。そうした経験は残りの人生に役立つと、論文著者たちはそう述べている。

この研究は2018年秋頃から2019年春頃にかけて、米国内に住む約4,000人の成人に対して行われたアンケート結果を解析したものだ。「決して諦めない」とか「働き者である」などといった項目に、自己評価を1から5までのスケールで回答してもらう形式をとり、その自己評価と回答者のスポーツ経験を解析した。その結果は次のようなものだった。

子どもの頃にスポーツを経験した回答者のうち、34%が高いGritの数値を示した。スポーツを経験しなかった回答者では、その比率は23%となった。逆に、Gritの数値が低い回答者にはスポーツ経験者はわずか17%であったのに対し、スポーツ未経験者が占める割合は25%になった。

スポーツ経験と職業倫理の関連

もっとも、子どもの頃のスポーツ体験が、かえってネガティブな効果を生むケースもあることも論文は指摘している。それは、スポーツを早い段階で辞めてしまった場合だ。始めたことを途中で辞めた経験が、「忍耐力に乏しい」という自己評価の低さに繋がってしまうからだということだ。何やら、「苦しくても部活を続けることが後々の人生で大きな糧になる」と、昔の日本の論者が声高に主張する姿を見るようである。しかし、これはオハイオ大学の研究者たちが米国人のアンケート結果を解析して、そう述べているのだ。

さらに、この論文はスポーツ経験とGritの関連について、もうひとつの傾向を報告している。最近でもスポーツを日常的に行っている大人は、そうでない大人と比べて、より高いGrit数値を示すという。つまり、大人になってからでもスポーツに取り組むことで、子どもの頃に失ったGritを取り戻すこともできるということだ。

筆者は、高校生にスポーツを教えることが現在の職業だ。しかし、それよりずっと以前から、ボランティアという形で子どものスポーツに関わってきた。多くの子どもたちを見てきた経験から、スポーツとは楽しいものであり、心身の健康を促進して一生の思い出になるものと信じている。しかし、それと同時に、スポーツと職業訓練を混同してはいけないとも考えている。スポーツクラブとは、企業戦士を養成する場ではないのだ。従って、ここで紹介した研究内容には、必ずしも賛成しているわけではない。

それでも、親たちがそうした期待をもって子どもたちにスポーツを勧めるのであれば、それはそれで悪くはないかもしれない。きっかけや目的が何であれ、スポーツにはきっとポジティブな効果があるはずだからだ。子どもたちを「辛いけど頑張る」ではなく、「楽しいから続ける」という方向へ導いていくことが、スポーツ指導者に課せられた役目だと考えている。

By 角谷 剛 (かくたに ごう)

アメリカ・カリフォルニア在住。米国公認ストレングス・コンディショニング・スペシャリスト(CSCS)、CrossFit Level 1 公認トレーナーの資格を持つほか、現在はカリフォルニア州内の2つの高校で陸上長距離走部の監督と野球部コーチを務める。

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