◆海外では珍しくない「沈黙の実況」

日本国内は、松山英樹のマスターズ制覇の余韻に浸っている。「松山の優勝は1000億円以上の経済波及効果を生み出す」、「松山仕様のゴルフ関連商品完売」などのニュースがテレビや新聞をにぎわせている。

 

そんな中、話題となっているのがマスターズを生中継したTBSの実況だ。実況を担当した小笠原亘アナウンサーは、ウイニングパットを決めた松山の優勝を涙声で伝えると、その後に沈黙。「55秒の沈黙」には、視聴者から「何もしゃべらないのが最高の実況だった」、「あの沈黙にアナウンサーの思いが詰まっていた」など賞賛の声が上がった。

 

必要以上にしゃべらない実況は海外では珍しくない。サッカー発祥の地・イングランドなどヨーロッパでは、ゴールの瞬間に声のトーンを上げることはあるが、スタジアムの「生音」を重視し、選手の名前を伝える程度の実況も少なくない。

 

「沈黙の実況」で有名なのは、現在93歳のアメリカ人のアナウンサー、ビン・スカリー氏だ。メジャーリーグ、ロサンゼルス・ドジャースの前身ブルックリン・ドジャース時代の1950年から2016年まで、球団専属のアナウンサーとして活躍した。

 

大学時代は外野手としてプレーし、ブッシュ元大統領と対戦した経験もあるというスカリー氏。ワールドシリーズやオールスターの実況を何度も務め、1996年に野茂英雄がノーヒット・ノーランを達成した時も実況を担当した。

 

2016年にはマーリンズに所属していたイチローが打席に入ると、「イチローは長男を意味するが、彼は次男」といった名前の由来やエピソードを伝えた。そして、当時42歳だったイチローを「本物の個性」と表現し、ヒットを放つと「アメージング」、「マジック」とシンプルな言葉を柔らかい口調で伝えた。

 

豊富な知識を持ちながら、その特徴は決まり文句や絶叫に頼らないスタイルだった。大記録達成のときにはスタジアムの歓声や拍手を伝えるために、あえて何も話さなかった。沈黙こそが最高の実況になることを表現した。

 

スカリー氏は「20世紀で最も偉大なスポーツアナウンサー」、「ロサンゼルスの声」などと呼ばれた。1982年には、野球殿堂が毎年優れた放送マンに贈る「フォード・C・フリック賞」を受賞している。

 

日本のスポーツ中継は、試合中でもアナウンサーや解説が話し続けるスタイルが多い。スポーツに興味を持ってもらうため、競技に疎いタレントを出演させることも増えている。どんな形の実況も賛否はある。「55秒の沈黙」は、日本のスポーツ実況に変化をもたらすのだろうか。

By New Road 編集部

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